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労災とは何か
- 投稿日 :
- 2025-07-16 17:27:31
- カテゴリ :
- 企業法務
- WRITER :
- 桜花法律事務所 中島俊明
労災とは何か?
目次
1, 労災の定義
2, 労災の要件「業務上」とは?
3, 裁判例から見る実務的な判断
4, 労災と「疾病」:どこまでが対象か?
5, 通勤災害や暴行による傷害も対象か?
6, 労災保険給付の全体像
7, 労災保険の対象拡大
8, 労災認定の基準とその変化
9, デスクワーク由来の肩こり・腰痛は労災か?
10、保険料と手続き
11、保険未加入と労働者の権利
1,労災の定義
労働者災害補償保険法(以下、労災保険法)に基づき、業務に関連して負傷・疾病・障害・死亡した場合に、労働者に対して保険給付を行う制度が労災保険です。
法令上、「労働災害」について明確な定義を設けているのは労働安全衛生法第2条第1号のみであり、労災保険法や労働基準法に明文の定義はありません。しかし、労災保険法第7条第1項や第1条、また労働基準法第75条などにおいて、「業務上の事由による負傷、疾病、障害、死亡」という文言が用いられており、実務上はこれが労災の定義として機能しています。
2,労災の要件:「業務上」とは?
労災として認定されるためには、次の2要件を満たす必要があります:
- 業務遂行性:使用者の指揮・命令下で労働に従事していたこと。
- 業務起因性:当該業務が直接的な原因となって傷病が発生したこと。
これらは、業務中に発生したすべての傷病が自動的に労災とされるわけではないことを意味します。特に精神障害や過労死など、業務起因性が争点となる事例では、因果関係の立証が不可欠です。
3,裁判例から見る実務的な判断
ホストクラブ事件(大阪地裁・令和元年)
先輩ホストからの強要による過度な飲酒で急性アルコール中毒を起こし死亡した事案で、裁判所は「飲酒行為が接客業務に内在する危険であり、本人は拒否できなかった」として、業務起因性を肯定しました。
長時間労働と精神障害(東京地裁・令和2年)
広告代理店で働いていた若年社員がうつ病を発症し自死した事案において、月100時間を超える時間外労働が常態化していたことが認定され、業務起因性が肯定されました。
清掃員の転倒事故(福岡地裁・令和4年)
ビル清掃中に作業台から転落し負傷した事例について、企業側は「本人の不注意」を主張しましたが、裁判所は「作業環境上の危険性と業務指示との関連」を重視し、労災を認定しました。
4,労災と「疾病」:どこまでが対象か?
疾病の法的位置づけ
労働基準法施行規則第35条別表1の2には、業務上の疾病として認められるリストが明示されています。例:
- 精神障害(第9号)
- マイクロ波による白内障(第2号の4)
さらに、「業務に起因することの明らかな疾病(第11号)」など、包括的規定により新たな職業病にも対応可能です。
最新裁判例:化学物質過敏症(令和3年・札幌高裁)
清掃業務中に次亜塩素酸ナトリウムに曝露し発症。業務との因果関係および医学的整合性を理由に、労災が認定されました。
追加裁判例:IT技術者の頸肩腕障害(東京地裁・平成30年)
長時間のデスクワークにより頸部痛と右上肢のしびれを訴えた技術者の訴えが認容され、「反復作業による累積疲労」が業務起因性として認定されました。
5,通勤災害や暴行による傷害も対象か?
通勤災害
労災保険法第7条第1項第3号により、「通勤による」傷病等も労災とされます。通勤起因性が必要であり、「通勤に通常随伴する危険の現実化」であることが条件です。
暴行による傷害
業務中の暴行については、私的怨恨などを除き、原則として業務起因性が推定されます。令和4年名古屋地裁判決では、同僚からの暴行による負傷が労災と認定されました。
裁判例:職場いじめによる自死(大阪高裁・平成29年)
長期にわたる上司からのパワーハラスメントにより精神疾患を発症し、自死に至った事案。裁判所は「業務上の心理的負荷が社会通念上著しく高い」として、労災と認定しました。
6,労災保険給付の全体像
労災保険では、以下の給付が行われます(労災保険法第12条の8ほか):
- 療養補償給付:治療にかかる費用を全額補償(自己負担なし)
- 休業補償給付:労働不能期間中の所得補償
- 障害補償給付:後遺障害が残った場合の補償
- 遺族補償給付:死亡した場合の遺族への支給
- 葬祭料:葬儀費用の補填
- 傷病補償年金:長期間にわたり療養が必要な場合
- 介護補償給付:介護を要する障害が残った場合
これらは単なる損害賠償ではなく、生活保障的な性格を有しており、特に年金形式の給付では社会保障としての機能が明確に認められます。
7,労災保険の対象拡大:複数事業労働者・通勤災害
複数事業労働者
2020年(令和2年)の法改正により、2つ以上の事業に従事する労働者についても、複数業務が労災の原因となった場合に保険給付の対象となることが明文化されました。
通勤災害の範囲拡大
法改正により、従来の「住居と就業場所の往復」以外にも、複数職場間の移動や単身赴任者の帰省も「通勤」として保護されるようになりました。
8.労災認定の基準とその変化
認定基準とは?
厚生労働省は通達を通じて業務上・業務外の認定基準を明示しています。約50本の通達が存在し、行政実務において全国一律に処理が行われています。
認定基準の改訂例
- 脳・心疾患(令和3年):暑熱環境や業務時間を含めた負荷要因の総合評価
- 精神障害(令和5年):心理的負荷の具体的な指標を見直し
9,デスクワーク由来の肩こり・腰痛は労災か?
肩こりや腰痛については、一般的な事務作業では認定が困難です。しかし、上肢や腰部への反復負荷が強い作業であれば、認定される可能性があります。昭和58年の津地裁判決では、電話交換業務による頸肩腕症候群が労災と認定されました。
追加判例:整備業の腰痛(高松高裁・令和元年)
自動車整備中に重量物を反復的に扱ったことによる腰痛について、業務の反復性・重量性・作業環境を総合考慮し、労災が認定されました。
10,保険料と手続き
保険料の負担と徴収
- 労災保険料は事業主が全額負担
- 事業開始から10日以内に保険関係成立届を提出
- 労働者への給付は政府(労基署)に直接請求可
納付方法と時効
- 自主申告方式による年次納付
- 未納時は政府が差押え可能(国税滞納処分の例に準ず)
- 給付請求権は原則2年または5年で時効消滅
11,保険未加入と労働者の権利
事業主が保険料を納付していなかったとしても、労働者の保険給付請求権は消滅しません。政府が保険者である以上、労働者は労基署に対して直接請求できます。また、事業主には未納保険料の遡及納付義務が残ります。
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