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労使協定について
- 投稿日 :
- 2025-06-19 19:07:48
- カテゴリ :
- 企業法務
- WRITER :
- 桜花法律事務所 中島俊明
・労使協定について
目次
・労使協定の種類と届け出の要否
・ 労使協定に違反した場合の罰則
・労使協定の周知
・おわりに
労使協定とは、会社(使用者)と従業員側(労働組合または過半数代表者)との間で書面により締結される合意です。通常、労働条件は労働基準法や就業規則に基づいて定められますが、業務の実態に合わせて例外的な運用を行う際には、労使協定が必要になります。
代表例が36協定です。これは、法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える時間外労働や休日出勤を可能にするために結ばれる協定で、労働基準監督署への届け出が必要です。労使協定を結ばずにこれらの労働を命じると、使用者側は罰則の対象となるおそれがあります。
たとえば労働基準法第36条第1項は、いわゆる「36協定」について次のように定めています。
「使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合にはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合には労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、厚生労働省令で定めるところによりこれを行政官庁に届け出た場合においては、第32条から第32条の5まで若しくは第40条の労働時間又は前条の休日に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによって労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。」
本来、労働時間は1週40時間以内、かつ1日8時間以内に収めなければなりません(労基法第32条)。しかし、上記の36協定を締結し、労働基準監督署長に届け出た場合には、その範囲内で法定時間を超えて労働させても同法違反とはなりません。
このように、法律によって罰則付きで規制されている事項でも、要件を満たした文書を取り交わし、行政官庁に届け出ることで、その規制を緩和することが可能になります。このような文書が「労使協定」と呼ばれます。
また、最近では労基法第38条の2第2項や第39条第6項のように、規制の緩和ではなく、労働条件の内容を直接形成する協定も登場しており、労使協定の機能は多様化しています。さらに、育児介護休業法や労働者派遣法などにも拡がっています。
このように、労使協定は単に「法の規制を緩和する文書による合意」として定義されるだけでは不十分になってきています。
労使協定を一義的に定義することが難しくなった現代においては、その特徴から理解することが有効です。主な特徴は次の通りです。
① 法令により締結が求められる場合にのみ効力が認められる
法令に基づいて締結されなければ、規制の緩和効果は生じません。たとえば、「懲戒解雇には解雇予告を適用しない」という協定を結んでも、それだけで労基法第20条の適用を排除することはできません。
② 過半数代表者が締結当事者となる場合がある
使用者と、労働組合または過半数代表者との間で締結されます。労使協定の場合は、過半数代表者が労働組合員である必要はなく、法定要件を満たしていれば有効です。
③ 効力が事業場全体に及ぶ
労働協約とは異なり、締結当事者以外の少数労組の組合員にも効力が及びます。
④ 書面による協定
電子データが一般化していても、法律上は「書面」での協定が必要です。
⑤ 行政官庁への届出が義務付けられる場合がある
36協定のように届出が必要な場合もあります。これは労働協約との違いのひとつです。
⑥ 有効期間の定め
労使協定には一般的な有効期間の規定はありませんが、36協定などでは協定内に有効期間の定めが必要です。
労使協定の締結は、労働時間や休日など、労働者の基本的な権利や使用者の義務にかかわる重要な手続きです。たとえば、労働基準法第36条第1項は、いわゆる「36協定」について、使用者が、労働者の過半数で組織する労働組合または過半数代表者と書面による協定を締結し、それを行政官庁に届け出た場合には、法定労働時間を超えて労働をさせることができる旨を定めています。このように、労使協定の成立には、労働者側の一定の代表性と、書面による明確な合意、そして場合によっては届出という要件が求められます。
1.「事業場」の単位
労使協定の締結は、基本的に「事業場」単位で行われます。ここで言う「事業場」とは、かつて労基法第8条に定義があったように、工場や店舗など、一定の場所において、相関連する組織のもとで継続的に業務が行われている単位を指します。事業場の判断は、主に物理的な場所を基準に行われ、同一場所にあれば一つの事業場、異なる場所にあれば原則として別の事業場とされます。ただし、出張所など規模が小さく、独立性のない施設は、上位の事業場に含まれるものと解されます。
在宅ワーカーについては、基本的にその自宅を独立の事業場とは扱わず、直近上位の事業場に属する労働者としてカウントされるべきとされています。そのため、過半数の算定などの際には、在宅ワーカーも労働者数に含めることになります。
2.過半数の意味と範囲
ここでの「過半数」とは、当該事業場に使用されているすべての労働者の半数を超える人数を意味します。ただし、派遣労働者は派遣元との雇用関係にあるため、派遣先の事業場では原則としてカウントされません。業務委託や請負契約に基づく就労者も同様です。
一方で、出向者は出向先との間にも雇用関係を有すると解されているため、出向先の労働者として数えられます。病欠や休職中の者も、当面の就労が見込まれなくても、原則として含めて計算します。また、管理監督者についても、法の解釈上、「全労働者」に含めるべきとされています。
3.過半数労働組合とその位置づけ
労使協定の締結において、まず優先されるのは、過半数の労働者が加入している労働組合、すなわち「過半数労組」です。この労組が存在する場合、その組合は、すべての労働者に関係する事項についても、単独で協定を締結することができます。複数の労働組合がある場合でも、過半数の労働者が加入している組合のみが、労使協定の締結主体となります。
万一、複数の労組が存在し、いずれも過半数に達していない場合であっても、2組合の合計が過半数に達していれば、両組合の連名で協定を締結することが可能です。なお、過半数の基準は協定の締結時点で満たしていれば足り、締結後に割り込んだとしても効力には影響しません。
4.過半数代表者の選任と要件
過半数労組が存在しない、または存在していても過半数に満たない場合には、「労働者の過半数を代表する者」が協定の締結主体となります。これがいわゆる「過半数代表者」です。
この過半数代表者には、いくつかの要件があります。労基法施行規則第6条の2第1項によれば、①管理監督者ではないこと、②民主的な手続きによって選出されており、使用者の意向によらないこと、が求められます。たとえば、選出は回覧やメール投票、選挙管理委員による集計など、柔軟な方法が認められており、意見の集約や合意形成のための配慮が望ましいとされています。
また、任期制の導入や副代表の設置も、事業場の実情に即して柔軟に認められるべきであると考えられます。ただし、長期に及ぶ任期は労働者の実情との乖離を生むおそれがあるため、1~2年程度にとどめるのが適当でしょう。
5.行政官庁への届出
一部の労使協定、たとえば36協定などについては、労働基準監督署長への届出が効力発生の要件とされています。届出がなされていない場合、法的効力が否定される可能性があります。
ただし、協定の種類によっては、届出を要件とせず、届出がなくても効力が認められるケースもあります。たとえば、変形労働時間制に関する協定やフレックスタイム制に関する協定などがこれにあたります(ただし罰則の適用は別問題として存在します)。
なお、届出については、原則として各事業場の所轄労働基準監督署に行う必要がありますが、協定内容がすべての事業場で同一であれば、本社管轄署に対して一括届出を行うことも可能とされています。この場合は、必要部数の協定届と事業場情報を記載した書類を添付して提出する必要があります。
また、協定そのものを所定様式で作成して署名・押印し、労基署へ提出することも可能ですが、実務上は協定の原本を別に作成・保管し、届出にはその内容を反映させた様式を用いることが一般的です。
労使協定の効力は、かつては「刑事免責の効力(免罰効)」が中心でしたが、現在では次のように分類され、多様化しています。
(1) 刑事免責の効力(免罰効)
法定労働時間の上限を超えて労働させた場合、本来なら罰則対象となります(労基法第119条)。しかし、36協定を締結・届出すれば、その範囲での超過労働に刑事責任は発生しません。
ただし、36協定があるからといって、直ちに時間外労働を命じられるわけではなく、就業規則や労働契約にその根拠が必要です(最判平成3年11月28日・日立製作所武蔵工場事件)。
(2) 私法的効力も有する労使協定の登場
労基法第39条第6項の「計画年休」に関する労使協定は、年休の取得日を事前に統一的に定め、労働者個人の時季指定権を排除する私法上の効力を有するとされています(福岡高判平成6年3月24日・三菱重工業長崎造船所事件)。
(3) 私法上の効力のみを有する労使協定の登場
育児介護休業法では、育児休業の申出を拒否できる例外を労使協定で定めることが認められています(同法第6条)。この協定は免罰効を持たず、私法上の効力のみを有します。
このタイプの協定は、その後多くの法律(介護休業、子の看護休暇、労働者派遣法など)に導入され、労使協定の役割が大きく広がっていることを示しています。
労働協約は、労働組合と使用者との間で取り決められる契約で、労働条件や職場のルール全般に関わる広範な内容をカバーします。労働協約は、労働者の過半数を占めない労働組合であっても締結が可能で、合意内容は原則としてその組合の組合員にのみ適用されます。
一方、労使協定は過半数労働組合、または過半数代表者との合意が必要で、対象は会社全体の従業員です。さらに、労働協約には民事上の強い効力があるのに対して、労使協定は主に労働基準法上の例外を合法化する「免罰的」な役割を持つ点に大きな違いがあります。
就業規則は、労働基準法に基づき企業が一方的に定める社内の基本ルールで、労働条件や勤務態度、懲戒事由などが記載されます。常時10人以上の従業員を雇用している事業場では、その作成と労働基準監督署への届け出が法律で義務づけられています。
労使協定が「使用者と労働者の合意」であるのに対し、就業規則は「使用者の単独作成」が可能で、意見聴取義務があるとはいえ、合意は不要です。また、労使協定は免罰効果を持ちますが、それ自体には労働契約を直接規律する法的拘束力はありません。そのため、協定内容を実効性あるものにするには、就業規則などでも内容を反映させておくことが望まれます。
労働基準法は、労働者の保護を目的とする国の法律で、労働時間、休憩、休日、賃金など最低限守らなければならない基準が定められています。これに違反した場合、使用者には刑事罰が科されることもあります。
一方、労使協定は、こうした法定基準の例外を認めるための制度です。例えば、36協定を締結すれば、一定の条件のもとで法定時間を超える労働を合法的に実施することが可能になります。言い換えれば、労使協定は「例外的な運用における正当化」を果たすための手段といえます。
労使協定には、就業規則や労働協約のような民事的拘束力(規範的効力)はありません。労働契約との関係で優先順位を並べると、上位から「労働基準法」「労働協約」「就業規則」「労働契約」となり、労使協定はこのいずれかに反映させることで実効性を持つことになります。
また、労使協定には従業員を法的に拘束する力はありません。そのため、たとえ協定が存在していても、労働者がその内容に従うことを拒否した場合に罰則を課すことはできません。この点も、労使協定が「免罰的効力」にとどまる理由といえるでしょう。
労使協定には、届け出が必要なものと不要なものがあります。
届け出が必要なもの
・36協定(時間外・休日労働)
・事業場外のみなし労働時間制
・専門業務型裁量労働制
・1ヶ月単位・1年単位・1週間単位の変形労働時間制
・労働者の貯蓄金管理
これらの制度を導入する場合、労使協定の締結に加えて、所轄の労働基準監督署への届け出が求められます。届け出がなされていない場合、その制度は無効となり、違法な労働が発生するリスクがあります。
届け出が不要なもの
・賃金控除に関する協定
・フレックスタイム制(清算期間が1ヶ月以内の場合)
・休憩の一斉付与除外
・代替休暇制度
・年次有給休暇の計画的付与
・有休取得時の標準報酬日額による賃金支払い
・育児・介護関連制度の適用除外
・継続雇用制度の基準設定(経過措置)
これらは労働基準監督署への提出義務はありませんが、就業規則や賃金規程などとの整合性をとる必要があり、文書化・保存が求められます。
届け出が必要な労使協定を締結・届け出せずに時間外労働や休日労働を実施した場合、労働基準法違反として、使用者やその指揮命令権限を持つ管理者が、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金に処されることがあります。
さらに、厚生労働省や労働局が公表する「労働基準関係法令違反企業一覧」に企業名が掲載されることもあり、これによって社会的信用の失墜という大きなリスクを背負う可能性もあります。
労基法第106条第1項は、同法に基づいて締結された労使協定について、労働者に対する周知手続をとることを求め、違反した使用者に対しては、30万円以下の罰金という罰則を定めています(第120条第1号)。
ここにいう周知の方法は、①常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、または備え付けること、②書面を労働者に交付すること、③磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置することのいずれかの方法です(労基則第52条の2)。なお、労働者派遣法第30条の4に定められる派遣労働者の待遇決定協定については、上記の周知方法に加え、ファクシミリもしくは電子メールによる送信の方法またはデータベースにアクセスする方法も認められています(労働者派遣則第25条の11)。
ところで、労働契約法第7条本文は、「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。」と定め、就業規則は「周知」されてはじめて労働契約の内容となる旨を明らかにしました。しかし、同法においては、労使協定と労働契約の関係について触れるところはありません。前述のように、労基法第39条第6項の計画年休に関する労使協定は、私法上の効果を持つのですから、労働契約の内容を構成するものと考えることも可能なのであって、そうであるとすれば、就業規則と同様、周知手続がとられていることを前提とするものと解すべきことになります。
もっとも、私法上の効果を生じるための周知手続は、上記の労基法第106条所定の周知手続に限られるものではなく、何らかの方法で周知されていれば足りると考えられます。
なお、上記の育児もしくは介護休業または子の看護休暇の請求を拒むことができる者の範囲を定める労使協定などについては、周知手続をとることを定める法令はありませんが、予測可能性を確保し、紛争を未然に防止するという観点から、計画年休に関する労使協定と同様、何らかの方法で周知されていることが必要であると解されます。
労使協定は、会社と従業員の信頼関係をベースに、現場の実情に即した柔軟な働き方を実現するための制度です。ただし、その有効性は「適切な締結」と「的確な運用」によって担保されます。
今回ご紹介した基本事項を踏まえつつ、自社の就業実態や人事制度を再確認し、必要な労使協定を正しく整備していくことが、トラブルを未然に防ぎ、健全な職場づくりにつながります。
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