弁護士コラム
Column
- HOME >
- 弁護士コラム |
「パワーハラスメントと企業の責任」
- 投稿日 :
- 2025-04-16 19:27:04
- カテゴリ :
- 企業法務
- WRITER :
- 桜花法律事務所 中島俊明
「パワーハラスメントと企業の責任」
近年、職場におけるハラスメント問題が社会的に大きな注目を集めています。その中でも、上司や同僚といった職場内の力関係を背景に行われる「パワーハラスメント(パワハラ)」は、従業員の心身の健康を害するだけでなく、職場全体の生産性や士気の低下を招く深刻な問題です。
2020年6月に施行された「改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)」によって、企業にはパワハラ防止措置が法的に義務付けられました。これにより、パワハラの定義や対応の在り方が明確化される一方で、実務の現場では「どこまでが指導で、どこからがハラスメントか」という線引きに悩むケースも少なくありません。
本稿では、パワハラの法的定義とその6つの類型を整理しつつ、実際に企業がどのような法的責任を負い得るかについて解説します。適切な知識を持ち、未然に防ぐための第一歩として、ぜひ参考にしてください。
目次
パワーハラスメント(以下、パワハラ)は、職場において優越的な立場を利用して、ほかの労働者に対し、業務の適正な範囲を超えた言動を行い、身体的・精神的な苦痛を与えたり、就業環境を悪化させたりする行為を指します。
2020年6月1日、企業にパワハラ防止を義務付ける「改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)」が施行されたことで、近年さらに注目を集めています。
厚生労働省によれば、上記法令に基づいて、パワハラは以下の3つの要素をすべて満たす場合に成立するとされています。
1,優越的な関係に基づいて行われること
2,業務の適正な範囲を超えて行われること
3,身体的・精神的な苦痛を与え、または就業環境を害すること
これらについて、詳しくご説明します。
(1) 優越的な関係
行為者が被害者に対し、職務上の地位や人間関係などで優位に立っており、被害者が拒絶をしにくい状況で行われることを指します。上司から部下への行為が典型例ですが、専門知識を持つ社員が未経験者に対して行う場合なども該当します。
(2) 業務の適正な範囲を超えている
社会通念上、不適切とされる厳しすぎる指導や、不必要な嫌がらせなど。
(3) 身体的・精神的な苦痛を与え、または就業環境を害すること
被害者が身体的・精神的に苦痛を感じたり、職場環境が不快になり、能力の発揮に重大な悪影響が生じることを指します。
・全体として、「原告の勤務先ないし出向先であることや、その人事担当者であるという優越的地位に乗じて、原告を心理的に追い詰め、長年の勤務先である被告会社の従業員としての地位を根本的に脅かすべき嫌がらせ」(いわゆるパワーハラスメント)を構成する。【鳥取地判平20・3・31】
・「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」【大阪地判平24・3・30】
・「組織・上司が職務権限を使って、職務とは関係ない事項あるいは職務上であっても適正な範囲を超えて、部下に対し、有形無形に継続的な圧力を加え、受ける側がそれを精神的負担と感じたときに成立するものをいう」【東京地判平21・10・15、東京地判平20・10・21】
パワハラには、厚生労働省が示す6つの類型があります。
1身体的な攻撃
2精神的な攻撃
3人間関係からの切り離し
4過大な要求
5過小な要求
6個の侵害
ここからは、上記の6種類に基づき、パワハラに該当する例・該当しない例を交えて解説します。なお、上記はあくまでパワハラの一般的な言動を六つに分類したものです。
(1) 身体的な攻撃
暴行や傷害など、相手の身体に直接危害を加える行為です。ケガを負わせた場合には、刑法上の傷害罪に問われる可能性もあります。ただし、優越的立場に基づく行為でなかった場合にはパワハラとされないこともあります。
パワハラに該当する例
- 業務上のミスを理由に平手打ちする
- 机やいすを蹴るなどして威圧する
- 物を投げつける
パワハラに該当しない例
- 意図せず物が当たった
- 偶然ぶつかった
- 対等な立場での小蹴り合い
(2)精神的な攻撃
人格を否定したり、威圧的な言動で相手の心を傷つける行為です。直接の接触はなくても、言葉による精神的ダメージがある場合、パワハラとみなされることがあります。
該当する例:
- 公衆の面前で罵倒する
- 日常的に大声で怒鳴りつける
- 解雇をほのめかして脅す
該当しない例:
- 一対一で、冷静かつ具体的な指導を行う
- 繰り返しの注意に応じない場合の厳しい指摘
- 明らかな非違行為に対する合理的な叱責
(3)人間関係からの切り離し
本人の意に反して、他者との関係を絶たせるような行為です。職場内での孤立を意図的に招くような言動は、就業環境に重大な悪影響を及ぼします。
該当する例:
- 特定の従業員だけ会議から除外する
- 無視や挨拶の無返答を繰り返す
- 感情的な理由で業務から外す
該当しない例:
- 教育目的で一時的に別部署で指導する
- 懲戒処分に伴う就業上の制限措置
- 感染症予防等の業務上合理的な配置変更
(4)過大な要求
明らかに遂行困難な業務や、不必要な業務負担を強いる行為です。業務と関係ない私的な雑用を命じる場合もこれに含まれます。
該当する例:
- 毎日深夜残業を強制する
- 明確な指導もなく重責の仕事を丸投げする
- 家庭の掃除や私用を強要する
該当しない例:
- 能力向上のため、意欲に応じた高難度業務を任せる
- 繁忙期における一時的な業務増加
- 無理のない範囲での新たな業務経験の付与
(5)過小な要求
業務上の理由なく、能力に見合わない軽微な仕事のみを与える、あるいは仕事を全く与えない行為です。
該当する例:
- 専門職の職員に単純作業だけを命じ続ける
- 特定の社員だけに仕事を与えない
- 業務外の作業のみを押しつける
該当しない例:
- 業務量調整のための一時的措置
- 体調不良者への配慮として負担を軽減する場合
- 新人研修として基礎的な業務を経験させる場合
(6)個の侵害
プライベートに過度に踏み込む行為です。たとえ親しい関係であっても、業務と無関係な私生活の詮索や干渉は慎むべきです。
該当する例:
- 結婚や交際相手について繰り返し尋ねる
- 家庭環境や信仰などに不必要に立ち入る
- SNSの監視や私的行動の報告を強要する
該当しない例:
- 業務に必要な最低限の家庭状況確認(例:育児や介護の事情)
- 健康状態を考慮して労働時間を調整するための聞き取り
- 本人の同意に基づくプライベートの相談
日本の企業では、従業員に厳しい発言がされたとしても、それは従業員を育てるために必要な行為であると考えられていました。しかし、時代の変化により、従業員の教育方法などについての考え方も変化し、厳しい発言をすることなどが「パワハラ事案」として認識されるようになっています。
特に、ベテラン従業員のなかには、過去には普通に行われてきた教育方法が、なぜ現在はパワハラとして非難されるのか、十分に飲み込めない人がいます。そのようなベテラン従業員の感覚と現代社会における価値観のズレが、パワハラ問題の解決を遅らせる原因になっています。
そのため、会社としてパワハラ対策を講じることが大切になります。どのような行為がパワハラになるかを従業員に明確に示し、ベテラン従業員の感覚と現代社会における考え方のズレを埋めていくことが必要です。また、会社内でパワハラが行われているのにも関わらず、何らの対策も講じないとすると、パワハラを放置している企業としてイメージダウンにつながることになります。加えて、パワハラによる人材の流出は企業の生産性を低下させることになります。この観点からも、会社としてパワハラ対策を行うことは重要です。
パワハラの被害者は、加害者や会社に対して損害賠償請求が可能です。被害者側が内容証明郵便などの文書で、加害者や会社に対して損害賠償請求する旨を通知してくることもあります。
内容証明郵便を送付しても損害賠償金を支払わない場合には、被害者が労働審判の申立てや訴訟の提起を行うこともあります。訴訟になれば、被害者と加害者・会社の双方が裁判所に証拠を提出し、パワハラが行われたかどうかを裁判所が認定します。被害者がパワハラを受けていたと裁判所が認定した場合には、加害者や会社に対して損害賠償金の支払いが命じられます。
また、パワハラの被害者は、パワハラを受けたことを警察に告訴することも考えられます。たとえば、パワハラが行われた際に被害者が暴行を受けていた場合は、暴行罪や傷害罪として告訴が可能です。加害者は起訴されて刑罰が科せられる可能性もあります。
パワハラが職場で起きた場合、会社(使用者)も責任をもうことがあります。会社に問われる責任は、大きく分けて以下の2つです。
(1)使用者責任(民法715条)
従業員が勤務中に他人に損害を与えた場合、会社にも責任が生じるというルールです。たとえば、上司が部下にパワハラをした場合、その上司個人に加え、会社も損害賠償の責任を問われることがあります。
※会社が「加害者の選任・監督に万全を尽くしていた」ことを証明できれば、責任を免れる可能性はありますが、実際には非常に難しいとされています。
(2)債務不履行責任(職場環境配慮義務違反)
会社には、「働きやすい職場環境をつくる義務(職場環境配慮義務)」があります。
パワハラを把握していながら対処しなかった場合や、被害の報告を受けても放置した場合には、この義務に違反したとして会社が損害賠償責任を負うことになります。
1.身体的暴力(暴行・傷害)を伴うパワハラ
暴力を伴うパワハラでは、慰謝料の相場は10万円〜300万円程度です。暴行の回数やけがの有無、通院の必要性などが金額に影響します。
- 福岡地裁(平成27年11月11日):神職が代表役員からみぞおちを殴られ、顔を平手打ちされた事案で、慰謝料100万円。
- 水戸地裁(平成24年9月14日):部下が上司に1度殴打され、右頬部打撲等の傷害を負った事案で、慰謝料30万円。
- 神戸地裁(令和3年9月30日):座っていた椅子を蹴られ頸椎・腰椎捻挫を負い、通院が必要となった職員に約120万円の賠償。
2.侮辱・罵倒など精神的攻撃のパワハラ
言葉による攻撃では、慰謝料は30万〜100万円程度が一般的。うつ病などの精神疾患があれば、300万円超となるケースもあります。
・鳥取地裁米子支部(平成21年10月21日):公の場で能力を否定されうつ病を発症。慰謝料330万円。
→■事案の概要
生命保険会社で勤務していた女性営業職員(原告)が、支社長や所長からの度重なる叱責や、同意のない人事異動(班の分離)によって精神的に追い詰められ、うつ病を発症して退職に至ったとして損害賠償を請求した事案。
■パワハラと認定された行為
裁判所は、以下のような行為を**「違法」=パワハラに該当**すると判断しました。
- 人格否定的な叱責
「マネージャーをいつ辞めてもらっても構わない」と他の職員の前で繰り返し発言 - 名誉を傷つける詰問
営業職員として致命的な「不告知教唆」をしたのではないかと、人前で問いただした - 同意のない班の分離
原告の反対を押し切って、自身のチームを分離。収入や職務上の地位にも影響を与えた
■裁判所の判断と結論
裁判所は、上記の行為が原因で原告がうつ病を発症したことまでは因果関係を認定。
ただし、長期入院や退職との直接の因果関係までは否定し、以下の賠償を命じました。
- 慰謝料:300万円
- 弁護士費用:30万円
- 合計:330万円(被告らが連帯して支払い)
■この判決のポイント
- 強い口調の叱責や、周囲の前での発言はパワハラと認定され得る
- 業務上の判断(人事)であっても、配慮や同意を欠けば違法性を問われる
- 明確な暴力や罵倒がなくても、名誉や尊厳を損なう言動は対象になり得る
3.自殺に至ったパワハラ
自殺にまで至ったケースでは、慰謝料は2000万円以上、逸失利益を含めると7000万円〜1億円超に達することもあります。
- 名古屋地裁(平成26年1月15日):暴言や暴行を受けて自殺。損害賠償約5950万円。
■事案の概要
金属加工会社に勤務していた従業員が自殺したのは、社長からの日常的な暴言・暴行・退職強要といったパワハラが原因だったとして、遺族が会社と社長を相手取り損害賠償を請求した事案。
■パワハラと認定された行為
裁判所は以下の社長の行為を違法と認定し、パワハラによる不法行為責任があると判断しました。
- 日常的な暴言・暴行
- 「てめえ何やってんだ」「バカヤロウ」などの罵声を頻繁に浴びせる
- 頭を叩く・蹴るなどの暴行を時々行っていた
- 損害賠償を強要
- 「会社を辞めたければ7000万円払え」などと発言
- 弁償ができなければ「家族にも請求する」と脅した
- 退職願の強要
- 自殺3日前に「一族で1千万円~1億円を返済する」との内容の退職願を書かせた
- 暴行による傷害
- 自殺の7日前、太ももを蹴られ全治12日間の傷害を負っていた
■自殺との因果関係
- 裁判所は、上記の暴言・暴行・退職強要により被災者が強い心理的ストレスを蓄積し、
自殺前に急性ストレス反応を起こしていたと認定。 - 自殺当日には、「死ぬしかない」などの記述がある遺書を残していた。
そのため、社長の不法行為と自殺との間に因果関係があると判断されました。
■裁判所の判断と結論
- 社長と会社に対し、損害賠償責任を認めた
- 一方で、同社の監査役(社長の妹)には、関与の証拠が乏しく、責任は認められなかった
■賠償額
- 原告(妻)A1:2707万0504円
- 原告(子)A2・A3・A4:各902万3501円
- 慰謝料:2800万円(全体)
- 逸失利益:2655万円
- 弁護士費用:各82~246万円
- ※年金等の支給額は差し引かれたうえで算定
■本判決のポイント
- 「暴力」や「暴言」だけでなく、退職強要・損害賠償の脅しなどもパワハラと評価
- 心理的ストレスの蓄積が原因で自殺に至ったと裁判所が認定した点が重要
- 一連の出来事が短期間に集中していたことが、重く評価された
- 広島高裁松江支部(平成27年3月18日):整形外科医が過重労働と暴言で自殺。賠償1億2700万円超。
■背景
地方公立病院で勤務していた若手医師(34歳)が自殺。
遺族(両親)は「過重な勤務と上司のパワハラが原因」として、病院を運営する一部事務組合に損害賠償を請求しました。
■裁判所の判断ポイント
1. 過重労働の実態
・残業時間は、10月205時間、11月176時間
・1日30人超の外来診察+当直、救急、休日出勤も多数
・経験の浅い医師には極めて重い業務量と認定
2. 上司によるパワハラ
・患者・看護師の前で怒鳴る、叱責、侮辱的な言動
・「給料分働けていない」「親に連絡するぞ」などの発言も
・過去の若手医師も同様の扱いで短期間で退職していた
3. 自殺との因果関係
・医師は「人間として不適合者」などと記したメモを残す
・専門医も、赴任後にうつ病を発症と判断
・長時間労働とパワハラが重なり、心理的ストレスが蓄積 → 自殺に至ったと認定
■結果(賠償額)
原告(遺族)に対し、病院運営者である一部事務組合の責任が認められた。
原告(遺族) 賠償額(+弁護士費用含む)
父(X1) 3,081万8,745円
母(X2) 6,929万3,745円
※内訳:逸失利益 約1億円、慰謝料 2,500万円
■ポイントまとめ
✅ パワハラ+過重労働+若手医師への過大な責任 → 重層的に責任を認定
✅ 上司の言動は「注意や指導」を逸脱し、パワハラに該当
✅ 自殺はうつ病の症状として起きたもので、業務との因果関係があるとされた
■コメント
この判決は、医師などの専門職であっても、職場環境・人間関係・労働時間管理に対する使用者責任が重く問われることを明確にしました。
特に経験の浅い職員への過重負担や適切な配慮の欠如が深刻な結果を招くことを示す、重要な判断です。
本稿では、パワハラの定義やその類型、企業の責任、さらに実際の裁判例に基づく損害賠償の相場について解説してきました。
しかし、実務上のトラブルはパワハラだけに限られるものではありません。
たとえば、未払いの残業代や不適切な労務管理といった問題がパワハラと併せて表面化するケースも多く、企業にとっては想定外の多額の損害につながることもあります。
こうした問題は、従業員の退職や訴訟をきっかけに一気に顕在化するリスクがあります。
パワハラ対策はもちろんのこと、広く職場環境全体の整備と、労働法令に則った対応体制の構築が重要です。日頃からコンプライアンス意識を持ち、トラブルの芽を早期に摘み取る仕組みづくりが、企業の信頼性と安定経営のカギを握ると言えるでしょう。
検索
カレンダー
< |
> |
|||||
日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |